っしゃいました」
「それがね、たしかにあの方とは思いますけれども、もしやと思って、何とも申し上げないで帰って来ました」
「それは、惜しいことをしました、何とか御挨拶《ごあいさつ》を申し上げてみればよかったのに」
「御挨拶なら、いつでもできると思いましてね、実はそのおさむらいさんが、お代官所の役人様たちと一緒に、お救い米やら、救助方やらに骨を折っていらっしゃるので、ずいぶんお忙がしいようでしたから、ほんとうに御親切に、わたしを見かけて、あちらではお気がつきませんのですが、ただの焼出され人だと思って、お米を下さる、着物を下さる、この乾物《ひもの》も持って行けと、こんなに恵んで下さいました。あんまりお忙がしいようでしたから、ツイその事も申し上げませんでしたが、なあに、ああしてお代官所にいらっしゃるのだから、いつでも御挨拶はできますが、それは私が申し上げるより、お雪さんが行ってお話しになると、いちばんわかりがいいと思いました」
「ほんとうにそれは珍しい。もしあの時の旅のおさむらいさんでしたら、よいところでお目にかかったもの、明日にもわたしがお訪ね申してみましょう」
「そうなさいまし」
 お雪ち
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