くるような気がしてならん。昨晩も……」
「もう、よして下さい、先生、わたしもほんとうは、そんな気がしてならないことがあるんですけれども、誰にも言わないでいるんです」
「ははあ、それを言ってごらんなさい」
「いやです、ほんとうにいやな先生、今まで火事で忘れていたのに」
「それを思い出すようにしたのは」
「やっぱり、わたしが言い出さなければよかったのに」
「それが、つまり、イヤなおばさんの祟《たた》りというやつかも知れぬ。実はな、昨晩も……」
「もう御免下さい、あなたから昨晩……とおっしゃられると、水をかけられたようにゾッとして、そのあとから幽霊が出そうでなりません、そうでなくても、わたしはあのおばさんについて、誰にも話せないことを見ているのですから」
「誰にも話せないというて、話さないでいるからいけない。言ってごらんなさい、イヤな思いが晴れるかも知れない。実は昨晩、寝ていると、あのおばさんが向うの川原から来て、この船をゆすぶって行ったよ」
「え!」
お雪ちゃんが面《かお》の色を変えた時に、久助さんが帰って来ました。
三十四
久助さんが、なお何かと手土産《てみやげ
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