たた》りかも知れません」
とお雪ちゃんが、なにげなく返事をして、かえって自分が変な気になりました。
 世話場は世話場でいいが、なにもイヤなおばさんの名前なんぞを、ここに引合いに出す由はないのに、口を辷《すべ》らして、自分でイヤな思いをし、人にイヤな思いをさせることを悔んでみました。
「そうかも知れないね、あのおばさんの魂魄《こんぱく》が、ついて廻っているのかも知れない」
「もう、よしましょう、あんなイヤなおばさんのこと」
「どうしたものか、昨晩、わたしはあのおばさんの夢を見た」
「もう、よしましょう」
「いまさら、そんな薄情なことを言わなくてもいいじゃないか。白骨にいた時は、お前もあんなになついたくせに、ここはあのおばさんの故郷ということだ、せめて、ここへ来たからは、あのおばさんの魂魄をとむらってやる気におなりなさい」
「でも、わたし、なんだか頭が変で、どうしてもそんな気になれません、あのおばさんのこと、思い出しても気が変になりそうです、忘れていればよかったのに」
「それが忘れられないというのも因縁《いんねん》で、どうも白骨から、あのおばさんの魂魄が、あとになり先になって、我々について
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