火が迫っていたので、御多分に洩《も》れず、着のみ着のままで飛び出したが、今朝になって、古着や炊出しの恩恵にあずかり、こうして背中に一荷物しょい込み、なお炊出しの握飯を竹の皮包にして、ここへ持ち込んで来たものです。
そうして、二人で宿の主人にかけ合ってみたが、宿でもほとんど家財を持ち出さなかったくらいで、お客様の方に手が及ばなかったことを、繰返し詫言《わびごと》を言われてみると、結局、身一つだけが持ち出されたということに、あきらめをつけるよりほかはありません。
しかし、代宿としては、今の宿が責任を以て心配してくれ、相応院というお寺を借りて、そこに泊っていただくことに交渉がついていますから、あれへお越し下さいませ、万事は、のちほどの御相談ということで、一応の解決はつけて来たのでした。
そういうわけで、もう一晩、この屋形船の中で辛抱し、明日になれば、お寺へ引移ろうという相談になって、それから、お雪ちゃんと久助さんとが申し合わせて、さしあたっての急場の凌《しの》ぎです。そのために久助は出て行きました。お雪ちゃんは、久助の持って来た炊出しの握飯を竜之助にもすすめ、自分も食べてみて、はじめて
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