って上品ぶるのはなおいけない。こいつをうまくしおおせた日には、身に余る福の神を背負いこむのだが……なかなかその人選が容易でないと、一旦は頭を痛めたが、案ずるより生むは易《やす》いとでも言ったものか、実は、ぴったりとその注文にはまりそうな代物《しろもの》が、眼の前にあるから不思議じゃないか、下地《したじ》は好きなり御意《ぎょい》はよし、という心当りがあるから妙なもの。
ところで、今晩、ひとつこの場で、おっかあに肌ぬぎが願いたい、といって時節柄、うっかり唐人をこんなところへ連れ込むところを、当時流行の浪士マネにでも見られようものなら、尊王攘夷覚えたか! 真向上段と来るから、今晩、その毛唐さんを御数寄屋《おすきや》さんかなにかの隠れ遊びに仕立てて、このところへ連れて参りますから、万事その辺ぬかりなく――その代り話がまとまったと来た日には、相手が異人館の大番頭だ、つけ届けは、毎年毎年船で来ようというものだ……ということを、金助がお倉婆あに相談して、お倉婆あをして、
「ああいいとも、いいとも、いくらでも頼まれてあげるから、持っといで」
と大呑みに呑込ませているところへ、ドタンバタンと凄まじい音がして、天上から大女が降って来たものです。
九十一
力持のおせいを退却させてしまってから神尾主膳は、この時、そんなことはどうでもいいという気になりました。それは、むやみに眠くなったからです。
主膳は酒乱の萌《きざ》す前に、必ず一度眠くなることがある。その眠りをうまく眠らせさえすれば、酒乱が、すんなりと通過してしまうことがある。それが眠りそびれた時に、何かの引火薬でもあろうものなら、それこそ大変である。
主膳としては、近頃の酒量であった。最初からではかなりに飲んでいる。そうして今眠くなると、本来、蔭間《かげま》を呼んでみるなんぞといったことは、一時の気紛《きまぐ》れに過ぎないので、それに執心を持って来たわけでもなんでもないから、そんなことは、どうでもいいように眠くなったのです。そうして、最初の通り、脇息を横倒しにして、ゴロリと横倒しになり、心地よかりそうな眠りを眠りはじめました。
昏々《こんこん》として、どのくらいのあいだ、眠りこけたか、それはわからない。或いは、ほんのうたた寝の束《つか》の間《ま》を破られてしまったのかどうか、それも分らないが、
「御前――お眼ざめあそばせ」
枕にした脇息を揺り動かされたことによって、酔眼をパッと開いて、朦朧《もうろう》として四辺《あたり》を見廻すと、夢からさめて、また一層の夢心地に誘い入れられたことは幸いでした。そうでなければ、甘睡半ばで揺り動かされた癇癪《かんしゃく》が、酒乱の持病を引きつれて、ガバと爆発したかも知れない。
「何だ、これはどうしたものだ」
あたりは、ぼうっと紅《べに》のように明るい。それに、この座敷の襖が、すっかり通して取払われ、大きな踊りの間になっている。踊りの間は勾欄《こうらん》つきで、提灯や雪洞《ぼんぼり》が華やかに点《つ》いている――
ははあ、いつのまに、伊勢古市の大楼あたりへ、持ち込まれたか知らん――という気になりました。
なお、よく眼をさまして見ると、舞台がある、花道がある。舞台の上には一人の俳優が、槍を持って立っている。
ははあ、踊るんだな、まだ充分さめきらぬ眼で、その俳優の風俗を見ると、それは絵で見た水木辰之助の槍踊りというようなものに、そっくりです。
主膳が、眼を、拭って起き直った時に、踊りがはじまる。
槍を上手に扱って、その少年俳優が鮮かに踊る。
主膳は、うっとりして、眼をすましたその途端に、三味線と、太鼓と、拍子木が入る。踊りも古風でよくわからないが、耳をすましてみると、
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槍師槍師《やりしやりし》は多けれど
名古屋山三《なごやさんざ》は一の槍
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というような、古謡がはさまれている。
「殿様、お気に召しましたか」
これはしたり、自分の席の後ろには、お倉婆あが、かいどり姿ですまし返って坐っている。
「うむ」
「お気に召しましたら、お手拍子をあそばしませ」
お倉婆あも、手拍子を打つから、主膳もそれにつれて、
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槍師槍師は多けれど
名古屋山三は一の槍
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とうたいながら、主膳も思わず手拍子を打つと、美少年は喜んで踊りながら、
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トコトンヤレ
トコヤレナ
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という。お倉婆あが、
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女かと見れば男の万之助
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とうたうと、俳優が、
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ウントコトッチャア
ヤットコナア
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と合わせて槍を振る。
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