、初めは、見るのもけがれのようにいやがっていたものが、贔屓《ひいき》にされてるうちに、だんだんよくなって、よくなって、こっちが熱くなり……」
「もう、よせ、それはらしゃめん[#「らしゃめん」に傍点]という奴だろう、日本に生れても、日本人の部じゃないのだ」
「らしゃめん[#「らしゃめん」に傍点]なんて、悪口を言うけれど、世話になった女の人に言わせると、異人は情が深くって、実があって、それにお金は糸目なしに本国から来る、宝石や、羅紗《らしゃ》は好きなのが選取《よりど》りに貰える、ほんとうに異人はいい、異人さんに限る……」
「してみると、お前なんぞも、そのらしゃめん[#「らしゃめん」に傍点]向きに出来ている一人だろう」
と言われて、はしゃぎきっていたお絹が、ふくれ出し、
「何をおっしゃる」
「お前もひとつ、その情け深くって、実があって、お金は糸目なしに本国から来て、宝石でも、羅紗でも買ってもらえる奴を一人二人、相手にしてみたらどうだ」
「いやなことをおっしゃいますねえ」
「お前というイカもの食いも、まだ毛唐を食ったことはあるまい」
「お気の毒さま……それよりは、そちら様こそ、異人館へ行って、まさか奥さんはお話合いになりますまいが、女中さんのうちの乙なのを一つ、かけ合ってみてごらんになっては……あなたほどの悪食《あくじき》ですから、異人の女を食べたって、あたる[#「あたる」に傍点]ようなことはございますまい」
「うむ」
 ここで主膳が、うむと言ったのは、どういう意味かわからないが、挨拶に困っての詞《ことば》だけのものでしょう。
「なんなら、お取持ちを致しましょうか」
とお絹がつぎ足したのも、隙間だらけでしっくりとはうつらない。
 乗物が来たからお絹を一足さきに、主膳は後《おく》れて行くことにきめました。

         八十

 お絹は、いそいそと出て行ったけれども、主膳はそれほど気が進んではいない。
 勧められた事柄が風変りだから、後学のためにひとつ見て置いてやろうかな、という気になったまでのことで、別段、興をそそられているわけでも、なんでもないのです。
 それでも、あつらえた乗物が来てみると、やめるという気にもなれず、それに打乗って、根岸から築地へ向けて急がせてはみたが、乗物の中で、なんとなしにばかばかしいという気で、さっぱり目的のことに興味は持てないのです。
 このことばかりではなく、主膳はこのごろは何事にも、さっぱり、興味というものが持てないでいる。それは単に金が無いから、軍費が続かないから、それで面白くないというだけではなく、今は金があっても、興味が持てないものがあるのです。
 乾ききっていたついこのごろ――逆さに振っても、水も出なかったこのほど――銭さえあれば昔のように我儘《わがまま》にも遊べるし、綺麗に使いこなすことも知っている。銭が物言うことを最もよく知り抜いているだけに、お絹という女から、金が欲しい、金が欲しい、と当てつけられた時は、むらむらとして、押借り強盗でもなんでもいいから、銭の入る方法があれば何でもやる。お絹という女も、銭にさえありつく仕事なら、万引でも、美人局《つつもたせ》でもやりかねない女ではあるが、環境というものが、そうまでは進ましめないでいる鼻先へ、七兵衛という奴が、猫に鰹節を見せびらかすような、キザな真似《まね》をして見せたけれども、結局、かなりまとまった金をとって来て、自分たちに思うように使わせることになった。
 使わせるものなら使ってやれ――という気になったが、そこはお絹と違って、事実、銭を目の前へ突き出されてみると、使い捨てるのがおっくうだ。なんだか白々しくって、ちょっと手を出してみる気にならない。
 この銭を使って、昔やったような馬鹿遊びを繰返してみたところで何だ、さっぱり面白くないなあ、本来、遊びというやつに面白いものは一つとして無いじゃないか。
 そこへ行くと、あの女は、金があると、まるで、色気づいてしまって落着いてはいない。無い時は悄気《しょげ》返って小さくなっているが、いざ、いくらか身についたとなると、あのはしゃぎようは――そうして、勝負事に注ぎ込むんだ。買物なんぞはたかの知れたものだが、あの女は、相手かまわず勝負事に目がない。
 だが、やりたければ、やれ、やれ、ばくちでも、ちょぼ一[#「ちょぼ一」に傍点]でも、うんすん[#「うんすん」に傍点]でも、麻雀でも、なんでもいいから勝手にやれ、こちとらは、もうそんなことで慰められるには、甲羅《こうら》を経過ぎている。
 ばくちでも、ちょぼ一でも、焼けついていられるうちが花なのだ。七兵衛から捲きあげたあぶく[#「あぶく」に傍点]銭、いくらあるか知らないが、あの女の勝負事に使った日には、いくらあったって底無し穴へ投げ込むようなもので、遠から
前へ 次へ
全81ページ中64ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング