ていたとはいえ、どうも自分は暢気《のんき》な性質に生れ過ぎているのかも知れないと考え、あわただしく起き直って見たけれど、船の外にも久助さんの姿は見えません。
わたしに気のつかないように、もう出かけてしまったのだ。出かけるといったところで、どこへ行きようがあるものですか、さしあたっての今日の活計のために、あのお救い米だとか、施行小屋《せぎょうごや》だとかいうところへ行ったのでしょう――全くそれは久助さんのことだけではない、自分の眼の前の朝の生命の糧が差迫っている場合、お雪ちゃんは、寝過ごしたことを恥かしくも思い、これから生活のために真剣にならねばならぬと、身をハネ起してみました。
起きてみたけれども、洗うが如くというよりは、本来、洗われてしまっている着のみ着のままの我、どうにもこうにも仕様がないその圧迫に打たれてしまいます。
でも、こうしてはいられない。その圧迫をハネ返しでもするように、お雪ちゃんが起き上った途端に、自分の膝の下に落ちた着物が、あんまり重過ぎることに、気を取られずにはおりません。
「おや」
いつのまに、誰がこんな着物を持って来て、わたしに着せてくれたのかしら。昨夜、そうだ、久助さんが、施しでもらって来たのを、わたしが寝ている間に、そっと着せてくれたものに違いない。そうそう、昨晩よく眠れたのは、一つはこのせいでしょう。こんな一重ねの着物を、わたしの寝ている間に着せかけてくれたから、そのおかげでわたしは、恥かしいほどよく寝入ってしまったのだ。これでも無かろうものなら、夜半の薄着に寒さが身にしみて、いくら疲れたからといって、こんな際に、こんなによく寝られるものですか。ほんとうに有難い、久助さんの親切が有難い。それなのに、こんな親切な人を置いてけぼりにしようとか、まいてしまおうとか考えた自分というものの薄情さを、お雪ちゃんはクドいほど悔む気になってしまいました。
そうして、この情の籠《こも》る一重ねの着物を見ているうちに、これが羽織もそっくりした小紋縮緬《こもんちりめん》の一重ねであることが、大変な気がかりになりました。
いくら非常の場合にでも、救助のために投げ出すにしては、これはあんまり過ぎものだと感じないわけにはゆきません。
大抵の場合、こういう時に施しに出すのは、着古したものか、洗いざらしとかいう種類にきまっているのに、こんな結構な着物を、羽織から揃えて一重ねも投げ出そうというのは、少し気前がよすぎてはいないかと、お雪ちゃんが、そこへ気を取られたものですから、いったん、起き直ったのを坐り直して、右の一重ねの衣類を手に取って、つくづくと見たものです――つくづくと見ているうちに、お雪ちゃんの唇の色が変りました。
「先生」
あわただしく、寝ている、竜之助を呼びかけたものです。
「何です」
「ああ、怖い、ちょっと起きて下さい、あなたに、見ていただかなければならないものがあります……といって、あなたはお見えになりますまいが、この重ねの小紋縮緬の着物をごらん下さい、これはまあ、あのイヤなおばさんの着物に違いありません。違いません、違いません、わたしがたしかに見た通りの品です、それが、ここに来ておりますよ。どうして、誰がこの着物を……」
着物が蛇にでもなったように投げ出しました。
四十
「お雪ちゃん、着物がどうしたというのだ」
「先生、これが驚かずにいられましょうか。昨夜、久助さんが、わたしの上へかけてくれたこの一重ねの着物、これは何だと思召《おぼしめ》す」
「何だか、わしが知っていようはずはあるまい」
「そうです、誰だって知っているはずはありません、このお召の一重ねは、これは、たしかに、あのイヤなおばさんの着ていた着物でございますよ」
「え」
「久助さん、どうして、どこからこんな物を持ち込んだのでしょう」
「知らない」
「廻《めぐ》り合わせにしても、あんまりじゃありませんか。いけません、先生、あなたが悪いのじゃありませんか」
「どうして」
「だって、昨晩、イヤなおばさんの魂魄《こんぱく》が、そっと外から忍んで来て、この船をゆすぶったなんておっしゃるものだから、それで、魂魄が、こんな着物をこの船へ持ち込んだんじゃないか知ら」
「ふふん、魂魄なんてものは、そんなに都合よく物を運べるものじゃあるまい」
「だって、そうとしか考えられませんわ。平湯へ来てからこっち、ほんとうに、あのイヤなおばさんにつき纏《まと》わされるようでたまりません――白骨から、わたしたちの後になり先になって、あのおばさんの魂魄がついているに違いありません」
「ほんとうにその着物が、あの淫乱後家の着物であったりしたら、全く不思議な廻《めぐ》り合わせだ、魂魄の引合せというよりほかはあるまい」
「それは間違いありません、先生にはお
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