めに、あとを濁して来たというわけではないから、申しわけをしさえすれば、話はわかってもらえる。
あの冬籠《ふゆごも》りの人たちは、いずれも一風変った人たちではあったけれども、なかでも北原さんがいちばん気軽で、わたしとは気が合っていた。口は悪いけれども、全く親切気のあった人。
あの北原さんに便りをしてみようかしら……近くの他人といえば、あの人よりほかはない。
甲州までは大へんな道のり、白骨はほんの十里内外――久助さんに、面をかぶってひとつ白骨へ行ってもらおう、そうして北原さんに事情を打明ければ、この急場を凌《しの》ぐに最もよい知恵を貸して下さるに相違ない――そうだ、では北原さんに手紙を書きましょう。
お雪ちゃんは、こんな気持になって、明日、お寺へ落着いたなら、真先に北原さんへ手紙を書こうと決心し、それから、
「先生、こんなことなら、あなたを白骨にお置き申した方がようござんしたねえ」
と、所在なさそうな、転寝《うたたね》の竜之助を見て、なぐさめの言葉をかけました。
「こんな世話場も、面白いものだ」
「ほんとうに、思いがけない世話場を出してしまいました、これも、あのイヤなおばさんの祟《たた》りかも知れません」
とお雪ちゃんが、なにげなく返事をして、かえって自分が変な気になりました。
世話場は世話場でいいが、なにもイヤなおばさんの名前なんぞを、ここに引合いに出す由はないのに、口を辷《すべ》らして、自分でイヤな思いをし、人にイヤな思いをさせることを悔んでみました。
「そうかも知れないね、あのおばさんの魂魄《こんぱく》が、ついて廻っているのかも知れない」
「もう、よしましょう、あんなイヤなおばさんのこと」
「どうしたものか、昨晩、わたしはあのおばさんの夢を見た」
「もう、よしましょう」
「いまさら、そんな薄情なことを言わなくてもいいじゃないか。白骨にいた時は、お前もあんなになついたくせに、ここはあのおばさんの故郷ということだ、せめて、ここへ来たからは、あのおばさんの魂魄をとむらってやる気におなりなさい」
「でも、わたし、なんだか頭が変で、どうしてもそんな気になれません、あのおばさんのこと、思い出しても気が変になりそうです、忘れていればよかったのに」
「それが忘れられないというのも因縁《いんねん》で、どうも白骨から、あのおばさんの魂魄が、あとになり先になって、我々についてくるような気がしてならん。昨晩も……」
「もう、よして下さい、先生、わたしもほんとうは、そんな気がしてならないことがあるんですけれども、誰にも言わないでいるんです」
「ははあ、それを言ってごらんなさい」
「いやです、ほんとうにいやな先生、今まで火事で忘れていたのに」
「それを思い出すようにしたのは」
「やっぱり、わたしが言い出さなければよかったのに」
「それが、つまり、イヤなおばさんの祟《たた》りというやつかも知れぬ。実はな、昨晩も……」
「もう御免下さい、あなたから昨晩……とおっしゃられると、水をかけられたようにゾッとして、そのあとから幽霊が出そうでなりません、そうでなくても、わたしはあのおばさんについて、誰にも話せないことを見ているのですから」
「誰にも話せないというて、話さないでいるからいけない。言ってごらんなさい、イヤな思いが晴れるかも知れない。実は昨晩、寝ていると、あのおばさんが向うの川原から来て、この船をゆすぶって行ったよ」
「え!」
お雪ちゃんが面《かお》の色を変えた時に、久助さんが帰って来ました。
三十四
久助さんが、なお何かと手土産《てみやげ》ようのものをブラ下げて帰って来ての話に、こんなことがありました、
「お雪ちゃん、わたしは今日、お救い小屋で、妙な人に出会いましたよ」
妙な人だの、変な人だの、イヤなおばさんだの、だしぬけに引き出される名前が、お雪ちゃんの胸にいい印象を与えませんでした。
「誰に?」
「あのね、そら、いつぞや、上野原へ、若衆のおさむらいさんが来たでしょう。お雪ちゃんが井戸で水を汲んでいなさるところへ、疲れて来て、水を一ぱい下さいと言ったのが縁で、それから、あなたがお宅へ泊めておやりなさることになると、ホラその晩、あの強盗でございましょう、方丈様も、お前様も、残らず強盗に縛られておしまいなすったのを、ちょうど、泊り合わせなすったあの若いおさむらいさんが、すっかり退治をして下さったあの晩のこと、そうしてその強盗を追い散らし、皆さんを無事に助けて下さったけれど、あの泥棒共が、翌日火の見櫓の下で、狼に食い殺されていましたっけ……ほら、あの時の、あの若いおさむらいさんに違いないと思いました。あの方にお目にかかりましたよ」
「まあ、それはほんとうに珍しい、またよい人にお目にかかりました。先方様《さきさま》は何とお
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