は、当然なことです。
瓦礫《がれき》は転がるように転がり、珠玉は珠玉のように輝いて光っているのだから、数ある軸物のうちで、蛇足にひっかかったのは当然ですが、それが、たまたま主人の意を得て、
「この絵かきは話せる!」
という心持にして、それが、やがてまた待遇の上にまで現われて来るのも当然でした。
白雲は、この蛇足から眼がはなれないでいる間に、主人の注文も定まったと見えます。
やがて離れの別室にうつされて、主人の注文に応じて画を作ることになった白雲の微吟の音が、外へ聞えます。
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吹く風ならぬ白雪に
勿来の関は埋もれて……
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十八
しかし、ここでは、たとえ主人の好意があろうとも、注文の絵の性質があろうとも、永く滞留して、筆を練るということを許さない事情がありますから、白雲は二日間を限りて二つの画を作って、明日は晴雨にかかわらず、ここを立つという時に、主人が送別を兼ねて、小宴を開いて白雲をねぎらいました。
二日間の作、一つは主人の注文によっての「鍾馗《しょうき》」と、自分の作意によっての「勿来関」であります。
その二つを、床の間に置いて、送別の小宴を開いているところへ、外から、
「半十郎」
と主人の名を呼ぶ声がします。
「ああ、児島先生がおいでになりました」
主人が座を立って迎えようとする時、早や、声の主は襖を押開いて、無遠慮に、ここへ通りました。それを白雲が見ると、小柄な、色白の、まだ年の若い一人の武士であります。
「拙者は、米沢藩の児島辰三郎という者でござる」
引合わせられて、その若い武家が、白雲の前に名乗りました。
年は若いし、小柄ではあるし、色は白いし、額は広いのに、髪は惣髪《そうはつ》に結んであるので、一見、女にも見まほしいといったような優男《やさおとこ》には見えるが、そこに、なんとなく稜々たる気骨の犯し難きものを、白雲が見て取りました。
打見るところ、何か、出張の目的あって、自分よりも以前にこの家に逗留《とうりゅう》しつつ、その所用を果しつつあるのだな。
「ごらん下さいませ、あなた様の御不在中、田山先生に、あの二幅を描いていただきました」
「ははあ、鍾馗か……風景は、あれは勿来の関だな」
「はい」
「うむ、見事見事」
その武士は、見事見事だけで一切を片附けてしまったのを、白
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