召と、それから別にお小遣《こづかい》が若干……」
「たわごとを言うな、それ、行くぞ」
 神尾主膳は、思い切って金助の横っ面を、ピシャリと食《くら》わしたが、
「あっ!」
 その途端、金助は仰山に後ろへひっくり返る。平手で横っ面をひっぱたかれたにしては、手当りが少し変だと思うも道理、金助が横ッ倒れに倒れた周囲には、山吹色の木の葉のようなものが、あたりまばゆく散乱していたから、眼の色を変えて起き直り、
「こうおいでなさるだろうと思いました、骨身を砕くだけのものは、たしかにあると、こう信じたものでげすから……へ、へ、へ、金助の眼力《がんりき》あやまたず」
 金公は驚悦して、その山吹色の、木の葉のようなものをかき集めにかかる。

         八十四

 山吹色の、木の葉のようなものを懐ろへ入れて、すましこんだ金助に向い、
「金公、おれは今日、日本橋で変な曝《さら》し物《もの》を見て、胸が悪くってたまらないのだ」
と言って、神尾主膳は坊主の生曝しのことを話し、
「全く、イヤな物を見せられたが、坊主の生曝しというやつはまた痛快なものだ。いい気味だと思って、わざわざ駕籠《かご》から下りて穴のあくほど見てやったが、全くいいザマではあったが、小癪にさわることには、その坊主共が、曝し物のくせに、イヤに男っぷりがのっぺりしてな、あいつは蔭間《かげま》だろうと見物が言っていた」
 それから急に胸が悪くなったが、いっそ胸の悪くなったついでに、一番、その蔭間というやつを、おもちゃにしてみてえ。
 今でこそ、蔭間は法度《はっと》になっているが、そこは裏があって、吉町へ行けば、古川に水絶えずで、いくらでも呼んで遊べる、ことに、この金筒のお倉婆あ、その方に最もつて[#「つて」に傍点]があるとのことだから、やって来たのだ、金公、貴様お倉婆あと相談して、よきに取計らえ――と主膳が言う。
 それを聞いて、金公が心得たりと小膝を丁と打ち、呼べる段ではない、この金筒のお倉婆あこそは、今は蔭間専門を内職とし、ここへ申しつけさえすれば、到るところに渡りがついていて、舞台子、かげ子、野郎の上品下種《じょうぼんげしゅ》、お望み次第だということ、その来歴、遊び方、散財の方法なんぞを、心得顔に並べるのがうるさく、神尾は、ちょうど傍へ来合わせた三毛の若猫を取って、それを上手に投げると、得意になって振りたてていた金公自
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