――あいつに限ると見立てました。
だが、マアちゃんの名では、道庵の向うを張らせるには重味が足りないから、何としよう、そうそう三文安の先生もあることだから、「安直先生」あたりがよかろうではないか。
そうして右の、「安直」の相役にはデモ倉が、名も「金茶金十郎」と改めて同行することになり、日ならずして、この安直先生と金茶金十郎の同行が、道庵の跡を慕《した》い、これにくっつき、すりつき、もたれかけ、さんざんに牽制運動を試みようとする作戦が熟しました。
人はいかなる場合に、いかなる敵を持つか知れたものではありません。かかる大敵が後門に迫るとは、神ならぬ身の知る由もなき道庵は、翌日眼覚めると、自室にも、次の間にも、頼みきったる宇治山田の米友がいないことに気がつきました。
これは破格のことです。今まで、米友が道庵を見失うことはあろうとも、道庵が、米友を見失ったことはないはずです。
道庵が米友を見失ったのは、ある格別の事情によって、米友のいることを不利益と考えた場合や、また計画的ではないにしても、ついつい興に乗じて、行違いになってしまうことも、一度や二度ではありませんでした。
その度毎に、
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