」
弥兵衛老人は人相よく笑って、
「山奥へ行きますてえと、どこへ行っても、平家の落武者はいますねえ」
「でも、お前さんこそ、本当の落武者なのでしょう」
「やっぱり、先祖はね、そんな言いつたえもあります、珍しい遺物も、残っているにはいますがねえ」
「どこなんですか、お住居《すまい》は」
「あの山の裏の谷です」
「え」
「そら、あの真白い、おごそかな山が、北の方に高く聳《そび》えておりましょう、御存じですかね、あれが加賀の白山《はくさん》でございますよ」
「まあ、あれが加賀の白山でしたか」
お雪はいま改めて、群山四囲のうち、北の方に当って、最も高く雪をかぶって、そそり立つ山を惚々《ほれぼれ》と見ました。
「はい、あの白山の山の南の谷のところに、わしらは一族と共に、六百年以来住んでおりますでな」
「きまってますよ、平家の落人《おちうど》にきまってますよ、白川郷っていうんでしょう」
「はい、その白川郷の……」
「白川郷は、いいところですってね」
「え、いいところにも、悪いところにも、先祖以来、わしどもは、その白川郷から足を踏み出したことがございませんから、比較するにも、比較すべきものを持ち
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