ら、それに違いないと気がついたから、さてこそ弥兵衛さんと、旧知の思いをもって呼びかけてみたら、それが全く的中してしまったまでのことです。
今、弥兵衛さんの重そうに背負っているもの、それが、やっぱりお誂《あつら》え通りの鎧櫃《よろいびつ》と見えました。それを卸しもやらずに、立ちつくしている老人を気の毒だと思いましたから、親切なお雪ちゃんが、
「弥兵衛さん、重いでしょう、それをここへ卸して、少しお休みなさいな」
「はい、有難うございます、ではお言葉に従いまして」
と言って、弥兵衛は、これは制札ではない杖を置き、砂の上へ鎧櫃《よろいびつ》をどさり落した途端に、腰が砕けてまた立て直すところの呼吸なんぞ、ちい[#「ちい」に傍点]高の舞台でする調子そっくりでしたから、お雪ちゃんはわけのわからないながら、ほほえまずにはいられません。
三
老人が、やっと重い鎧櫃を下に置いて、ホッと息をつき、お雪ちゃんの横の方に腰を卸して煙草をのみはじめたものですから、自然お雪ちゃんは、親しく話しかけないわけにはゆきません。
「お爺《じい》さん、あなたは平家の落武者なんでしょう」
「へ、へ、へ
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