屋敷とでもいうのでしょう――兵馬が連れられて来る背後を、ものの一丁ずつも離れ、たしかに三人のさむらいたちがつき従って来るのを認めました。
御家来ではなし、これは代官から、従者とお目附をかねた附人《つけびと》たちだなと、兵馬は感づきました。
川西の屋敷へ着いて見ると、そこに用人らしいのが、玄関に頭をつけて待っている。
貴公子は、さっさと奥へ通って、自分の居間と覚しいところの一室に座を占め、兵馬を坐らせて、涼風を煽って、汗ばんだ肌を押しくつろぎ、
「そなた、もう食事は済みましたか。これから桜の馬場へ馬をせめに行こう――明日は午前に、そちに剣術を教えてもらい、午後には馬に乗り、夜分は双六……そちは双六を知らぬとな。では碁を打とう。ああ、よい友達を見出し得て、わたしはしあわせじゃ」
と言って、中啓を閉じて、ハタハタと刀架《かたなかけ》を叩いたのは、人を呼ぶためらしい。
「そなた、さしつかえる事なくば、この屋敷に来てたもらぬか。朝夕、わしと一緒にここに起臥《おきふし》してたもらぬか。いいや、代官に断わるまでもなく、そちがよいと言い、わしが望むと言えば、それで仔細はない」
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