とが、全く兵馬をして挨拶に困らせました。
 だが、その身元|素姓《すじょう》を反問するまでもなく、その風采から、服装から、言語挙動のすべてが説明するように、誰もが憚《はばか》る堂上の貴公子の類《たぐい》であって、それが多分、何かの仔細で、この山国の小都会に預けられているのだ。かなり身辺の自由は保留されているらしいが、それでも、鬱積して堪え難いものを、自分から解いて任意の行動を取ることは許されていない。つまり、身分ある人が、この高山の地へ幽閉を蒙《こうむ》っているというほどでなくても、ここで謹慎を命ぜられているものに相違ない。ありそうなことだ、この気象では……と兵馬はその点だけは合点がいって、ようやく、隙を見出したものだから、
「して、あなた様は、どちらにおいでになりますか」
「わしは、この川西に家をあてがわれているけれども、わしの周囲《まわり》は、みんな他人じゃ、わしの気に入った同志たちは、一人もわしの傍へ寄りつかないようにされている、わしが身は当分、この飛騨の高山あたりを外へは出られないことになっている、それが堪えられぬ苦痛じゃ。この地の者共には相手になるのが一人もない、このごろは書
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