のような髪の毛を、紫紐できりりと結び、直垂《ひたたれ》を着て、袴をつけ、小刀は差して太刀《たち》は佩《は》き、中啓様《ちゅうけいよう》のものを手に持って、この道場へ走り込むと、さしもの猛者《もさ》どもの中を挨拶もなく、ずしずしと押通り、兵馬の稽古している直ぐ後ろへ立入り、じっと瞳を凝《こ》らして兵馬の稽古ぶりを注視したものです。
ところが、道場に満つる人々が、この傍若無人の小冠者の振舞を怪しともせず、彼が入り来《きた》った最初から、ほとんどが膝を組み直し、頭を下げて、ひたすら尊敬の意を表する有様が、いかにもいぶかしい。
二三名を、こなしている間、篤《とく》と兵馬の剣術ぶりを注視していたこの小冠者は、
「おお、見事見事、わたしにも指南してたも」
と、早くも道具をつけにかかる。兵馬には、稽古中から、この異様な貴公子の挙動が解しきれないものであったが、いかにも小気味よく稽古をこうのだから、辞すべき理由は少しもありません。
竹刀《しない》を取れば、天下に有数の宗師は知らぬこと、大抵の場合に、自信を傷つけられるということのない兵馬は、稽古をつける気位で立合ってみました。
無論、兵馬の予想
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