出せないから、二人は面《かお》を見合わせたっきりでいると、
「さあ、それでは皆さん、もう一息御苦労」
「はいはい」
 釣台をかつぎ上げた時に、揺れた調子か、山風にあおられてか、面のあたりにかぶさっていた白い布の一端が、パッとはね上ると、その下に現われたのは、久助は傍見《わきみ》をしていたが、馬上のお雪ちゃんは、ハッキリとそれを認めて、
「あっ!」
 あたりの誰人をも驚かした声をあげたが、それよりも当人のお雪ちゃんが、土のようになってふるえたのは、覆われた白布のうちから見せた死人の面は、例のイヤ[#「イヤ」に傍点]なおばさんに相違なく、まだつやつやしい髪の毛がたっぷりと――あの脂《あぶら》ぎった面の色が、長いあいだ無名沼《ななしぬま》の冷たい水の中につかっていたせいか、真白くなって眠っているのを、たしかに見届けました。

         十一

 それは、お雪ちゃんが気のついた瞬間に、釣台をかついだ人夫が、あわてて覆いをしたものですから、ほかの誰も気のついたものはありません。
 一息入れて釣台の一行は、こうしてお雪ちゃんの一行に後《おく》れて来たが、先立ってしまいました。
 そのあとか
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