先生を頼むよりは、この親方のお角さんに渡りをつけてもらうのが、利き目がありはしないかということです。いい事を考えた。
四十六
道庵先生も、一時は米友のいないことに気がついて、周章狼狽しましたけれど、忽《たちま》ちケロリとして、今日の日程のことに思い及びました。
今日は蒲焼町筋《かばやきちょうすじ》の医学館へ招かれて、講演を試みねばならない日だと考えると、こうしてはいられない。
宿の若衆《わかいしゅ》を呼んで、出発の準備を命じ、自分は鏡に向って容儀を整えてみると、どうも気に入らぬのはこの頭です。
江戸を出る時は、無論、道庵の慈姑頭《くわいあたま》で出て来たが、信州へ入ってから急に気が強くなって、武者修行に出で立つべく、総髪を撫下《なでさ》げにした間はまだよろしいが、松本へ来て、川中島の農民が、農は国の本なりと喝破したのに感激して、佐倉宗五郎もどきの農民に額を剃り下げてしまったのは、いまさら取返しのならない失策でした。
木曾の道中は、御岳《おんたけ》おろしが、いかにこの剃下げの顱頂部《ろちょうぶ》にしみ込んで、幾夜、宵寝の夢を寒からしめたことか。
よって、
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