ちまで引いて行くのだエ」
「あ、どこだか知らねえが……」
「行く先がわからないのかエ」
「所番地はちゃんと聞いておかなかったんだが、その一軒のところはヤシの家だ」
「ヤシ?」
「うむ」
「ヤシって何だろう」
「生き物に芸を仕込んで、見世物にしようというところなんだ」
「ははあ、香具師《やし》かエ……」
「うむ」
「そうして、そのめざす相手の香具師というのは、名古屋の何というところの、何という人?」
「それはわからねえ、ただ、香具師のところへ……香具師に少し、こっちも頼みてえことがあるのでね」
「名古屋も広いね、香具師だって、一人や二人じゃあるまい」
「うむ」
「まあ、いいさ、そのうちには何とか手蔓《てづる》があってわかるだろう、都合によっては、わたしの方で当りがつくかも知れない」
とお角が言いました。
香具師の連中といえば、興行界の伝手《つて》を以て行けば、存外、たやすく当りがつくかも知れない。その時に米友の頭へ発止《はっし》と来たのは、そうだ、この女軽業の親方は顔がいいし、じゃ[#「じゃ」に傍点]の道は蛇《へび》だ。
熊の子を、香具師の手から譲り受ける交渉やなんぞには、親分の道庵
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