至るのです。先輩の弥次郎兵衛、喜多八は、京都で梯子《はしご》を一梃売りつけられたのでさえも、あの通り困憊《こんぱい》しきっている。
 それからもう一つ、食物です。犬や猫ならば……よし馬であったからとて、道中の食物には不自由させまいけれど、熊の食物ときては、米友としても当りがつくまい。
 そんな、こんなの一切の葛藤《かっとう》は少しも頭にこんがらからず、米友は、絶対的にこの熊を救わなければならない、自分で買えないにきまっているから、道庵先生に、どんなに迫っても、これを買わせなければ置かぬ、そうして、ムクによって失われている愛着を、この熊の子の身の上の安全と、成長の上にかけて、最後まで見次《みつ》がねばならぬという固い決意は、もはや何物をもっても動かすことができません。
 この時、米友の背後が遽《にわ》かにザワめいて、旗幟《はたのぼり》を押立てた夥《おびただ》しい人数が、街道を練って来るのを認めました。
 まもなく、近づいたのを見ると、それはしかるべき大相撲の一行であります。
 相撲連が、のっしのっしと大道を歩んで行く。その旗のぼりにはおのおのその名前が記されてある。こうしてかおみせのよう
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