ょうど、米友の出口を遮《さえぎ》っているから、街道へ出るには、その車を廻らねばならぬ。その通りにして米友が車の表へ出ると、悶着というのは、そこで展開されていた出来事なのです。
それは別事ではありません、例の熊の子を、幾人かして抱きかかえて連れ出そうとするのを、前例の如く子熊がしがみついて離さない、大の男が幾人も手をかして、しがみついた熊の子をもぎ取ろうとして、昨晩、米友の部屋で行われたと同様の悶着を、ここでも繰返しているのです。
しつっこい話だな――と、米友が少しく眉をひそめて見ていると、熊の子が、例の親熊の皮だというのに必死になってしがみついているのを、数多《あまた》の人が、もぎ取ろうとしていること、昨夜と変りがありません。
「まだ、やってるのかい、どうしたんだなあ、しつっこいじゃねえか」
と、米友が口を出して呟《つぶや》きました。通り一ぺんの男の差出口なら取合いもしないのだが、これは、かりにもお客様のお言葉だから、熊の子いじめの宿の若い者も、一応の挨拶を返さないわけにはゆきません。
「いや、どうも、なかなか強情な子でござんして、熊だけに、力があるもんでござんすから、なかなか離しませんや」
だが、昨晩あれから引きつづいての悶着ではあるまい。昨晩のことは一旦あれで済んで、今朝また別の勢いで、繰返しているに過ぎないだろう。それにしても、人間というやつは、知恵も、力も無さ過ぎると、そぞろに哀れを催したが、さりとて、なぜかこの連中に代って、熊の子を、熊の皮からもぎ[#「もぎ」に傍点]離してやろうという気にもなりませんでした。
そのうちに、大勢の力を極めて、ようやくにして、熊の子の手から、熊の皮をもぎ離してしまうと、子熊を有合わす縄で、よってたかって縛り上げて、そうして米友がさいぜん見た、大八車の上の四角な檻の中へ、無理矢理に押し込もうとするのです。人間共に寄ってたかって手込めにされるから、子熊はなお力限りに争って、悲鳴を揚げながら、しきりに身振りをするのを、例の親熊の皮を欲しがって身悶《みもだ》えをするのだということが、昨晩の実例と、説明とを聞いているだけに、米友の頭にはハッキリと受取れました。
「無理はねえ――」
その途端に、米友が、何かに感動させられたように、急に身ぶるいし、
「その熊の子をどこへ連れて行くんだい」
「名古屋の香具師《やし》に売ることになりました」
「香具師に売る……」
と言って、そのまるい目を異様にかがやかせたものです。
三十六
「ま、ま、ま、待ちねえ」
それを聞くと米友が、まるい目を異様に輝かせた後、その口を烈しくどもらせて、
「ちっと、待ってくれよ」
人々は、この異様な小冠者と挙動に、やや驚かされはじめました。それを米友が畳みかけて、
「待ってくんなよ、お前さんたち、この熊の子を香具師《やし》に売るんだって、香具師に売るんなら売るんでいいけれども、そうなると、この親熊の皮はどうなるんだ」
「ええ、皮の方は売りませんのでございますよ」
「そいつは無理だな」
米友が、やや詠嘆的に言いました。人々は熊の子を檻に押し込むことに夢中で、米友の言うことに多く取合っている余裕がありませんでした。
「そいつは、ちっと無理だよ、どうしても売らなくってならねえんなら、皮も附けてやんな」
更に米友が、勧告とも、要求ともつかない口出しを試みたけれど、挨拶がない。
「あれほど欲しがるんだから、皮もつけてやんな」
三たび米友が勧告しましたけれど、やっぱり誰も取合いません。そのうちに、ようやくのことで、ともかくも、大男が大勢かかって、一頭の子熊を、車上の檻の中に押し込んでしまって、ホッと息をついているところです。
子熊は檻の中にころがし込まれながら、悲鳴をあげて、親皮の方をながめながら、足をバタバタしているのに頓着なく、店の者共は、
「いや、どうも御苦労さまでした、それではまあ親方へよろしく」
「どうもはや、御苦労さまでした」
車力がそのまま車の棒を取上げる。檻の中へ入れられた子熊は輾転《てんてん》として、烈しく悲鳴を立てました。その時ずかずかと走《は》せ寄った米友は、大八車の桟《さん》を後ろから引っぱって、
「まあ、待ってくんな、どうも罪だよ、見ていられねえよ」
と言いました。
「へ、へ、へ」
何ということなしに、一同がテレて、面《かお》を見合わせていると、米友は、
「どうも見ていられねえよ、子が親の遺身《かたみ》を恋しがるというのは人情だからなあ」
と言いました。この場合、人情というのは少しおかしい、正しくは熊情というべきでしょうが、それを訂正している余裕が米友になく、また集まっている人たちも、米友の権幕が意外に真剣なものだから、その言葉ちがいを笑っている暇がありませんでした。そこで米
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