庵先生は、ここにいないのだ。
 影の形に添うが如く、離れてはならない自分というものは、わが道庵先生と全く離れてしまっていることを、身に火のついたほどに米友が感得しました。
 今までとても、道中、しばしば形と影とが相離れた経歴はあるが、それはホンの戯れ、しかも、米友自身は寸暇も責任をゆるがせに感じてはいないのに、道庵先生そのものが、ふざけ[#「ふざけ」に傍点]きっているのだから、責めはこっちになくして、あちらにある。今晩のはそうではない、自分が主動的に責任をおっぽり出して、仮りにも主人をないがしろにしてしまったのだ。
 うむ、あれからあれ、それからこれ――鳴海神社で不思議の婦人に伴われてここへ来て、そうだ、そうだ、自分にとっては全く苦手な女軽業の親方に、ぶっつかって、うんと油を絞られたのは、つい今しがたのことであった。おぞましいこと、疲れがさせたために、こんなに寝込んでしまった。どっちを、どうしたら、いいだろう。親方に断わるのが本当か、これから先生のところへ馳《は》せつけるのが筋道か。
 ともかくも、うっかりこのままじゃいられねえ、全くこうしちゃあいられねえ身の上なんだ、さあ、出かけよう。
 身の廻り、といっても、杖と笠と、ふり分けの小荷物|一対《いっつい》。
 忙がわしく身づくろいしてみた米友には、今の時刻が、夜には相違ないが、夜の何時《なんどき》であるか見当がつきません。見当がつかなくとも、いつもの米友ならば、思い立ったその時を猶予すべくもありませんが、ここは事情の違うことを考えずにはおられません。
 真夜中に飛び出すということは、宿屋へ対しても考えてやらねばならないし、第一、ここを立つには、当然、女軽業の親方お角さんに挨拶をして立たなければならないことになっているのです。もし、間違っても、あの親方に挨拶なしにでも飛び出そうものなら、今後のことが思いやられる。
 宇治山田の米友ほどのものが、タカが一匹の女興行師を、それほど怖れる弱味がどこにあるか。
 行かんとすれば行き、止まらんとすれば止まる自由行動を、未《いま》だ曾《かつ》て何人のために掣肘《せいちゅう》されるほどの負目《おいめ》を持っていない米友が、なぜか、このお角さんばっかりを怖れます。
 王侯貴人をも眼中に置かぬ米友が、お角さんのために、頭ごなしにやっつけられると、一堪《ひとたま》りもなく縮み上って舌を吐
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