何となしに、そわそわとなって落ちつき兼ねた模様も見えます。
じっと暫《しばら》く耳をすましていた北原、
「お雪ちゃん、あれはどなたですか」
「あれですか……」
「あの尺八を吹いているのは、どなたですか、あなた御存じでしょう」
「ええ」
「どなたですか」
「あれはね……」
「我々の間では……最初は、我々仲間の者がやるのだろうと気にもとめておりませんでしたが、中頃から、不思議がるようになりました。君かい、いやおれではない、では誰だ、と論議の末が、ついにわからなくなったと共に、あの笛の音も暫くばったりとやんだものです。それがまた、深夜でも、白昼でも、意外な時に、意外に起るものですから、それから問題になりました。いろいろ物色してみたが、結局、お雪ちゃんの連れの方、そのほかにはあの笛の主が無いということになってみると、ますます問題が問題を生みましたのですよ」
「どうも済みません……」
「いや、済まないということではないですよ、つまりね、我々こうして、計らずも山中に棟を同じうして住んでいますとね、呉越同舟《ごえつどうしゅう》といったようなものでしょう、ましておたがいに、今日まで見ず知らずでこそあ
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