子がしきりに、わたくしを招くものでございますから――といったところで、手紙を一本もらったわけでもなし、飛脚が届いたというわけでもありませんが、どうも、あのお雪ちゃんが絶えず、わたくしに呼びかけているのが、かわいそうで、気の毒で、たまらない気がするものですから、どうしても行って上げたい気になってしまいました。私の逢って上げたいと思う人は、お雪ちゃんばかりではありません、清澄の茂太郎、あの子にもめぐり逢いたくってたまらないのですが、逢いたくって逢わずにいるうちにも、あの子のは心配はありません、あの子はどこへ行っても人に可愛がられます、人に可愛がられ過ぎるから、人以外の者にかえって親しみを感ずるような子供でございますから、高山深谷、あるいは大海原の只中《ただなか》、あるいは無人の原野の中へ一人で抛《ほう》りっぱなしにして置きましても、心配というものは更にございません。それに比べるとお雪ちゃんはかわいそうです、茂太郎がわたしに逢いたがっている心と、お雪ちゃんがわたしを頼りにする心とは、性質が違うのでございます――私の今の感覚によって想像してみますと、茂太郎は海の方へ出ていますね、多分、房州の故
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