ご》の思い出に、一手で築いたものであるのに、その清正公は尾張の土になれないで、肥後の熊本に祀《まつ》られていますけれど、あの名古屋の城の天守を見るたびにわたしは、あれを一手に築いて、徳川の一族に捧げた清正公のお胸の中を思いやると、胸が涙でいっぱいになります。そこで、わたしはどうしても加藤の家の血統はたやしてはならない――という気になっているのです。わたしが今、こうして無事に離縁を取って、行いすましたような暮らしをしているのも、一つはお前を見たいからです、お前の看病をして上げたいからです。どんなにしても、お前の身体《からだ》を丈夫にして、お前のあとを絶やさないようにして、そうして加藤清正の正しい血統の者の眼で、尾張名古屋の城を見返してやりたい。いつか知らず、そんな時が来るような気がしてなりません。清正公が丹精して、一期の思い出に築いて置いたあの名古屋の城は、決して徳川に捧げるためではありませんでした、いつか、わが一族、広くいえば豊臣か加藤か、両家の者……その最も正しい血統の者の手にかえされる時がある、わたしはそのような夢に襲われ通して来ました。それですから、あの名古屋城を見るたびに、主家
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