い致す」
「ご挨拶恐縮に存じます、どうぞ、充分におあらため下さいませ」
と言って、お角は駕籠《かご》を出て来て、お銀様の乗った駕籠のところまで、右の美少年を案内して来ました。
事実をいえば、お角は、お銀様の乗物を、人にあらためさせたくはないのです。お銀様もまた、なによりも人に見らるることを嫌うのを心得ているのですが、この場合、相当に条理のありそうな、この士分の者のあらためのかけ合いを、素直に聞いてやらないのは、かえって不利益だとさとりました。
お銀様があらためらるることを快しとしないだけで、憚《はばか》りながら我々の方は、さかさにふるってあらためられたところで、後暗いことなんぞは微塵もないのだ。そこでお角が、お銀様の乗物に向って、
「お嬢様」
「はい」
「お聞きの通り、岡崎様の御藩中の方が、なんぞ人あらためをなさりたいとの思召《おぼしめ》しでござります」
「はい、どうぞ、御自由に。なんならそれまで、罷《まか》り出でましょうか」
お銀様は、動ぜぬ声で答えました。
その声を聞いただけで、岡崎藩の美少年は納得したようです。
「いいや、そのお声で、たしかに御女性とお察し申します、乗物を
前へ
次へ
全514ページ中375ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング