、見かけほどには危険性を帯びている者でないということの証明にはならないと考えたのでしょう……白雲も、あれで郷《ごう》に入《い》ることに慣れているから、その辺は甚《はなは》だ鈍感ではなく、ぶっきらぼうに、お世辞ともつかず、自己釈明ともつかず言いました、
「測量は、どこからどこまでなさるのですか、地上を測って行くという仕事には、無限の面白味がありましょうね……拙者は足利の田山白雲という田舎絵師ですが」
と、彼は大抵の場合にするように、あけすけに自分の名を名乗ってしまいました。
拙者は木挽町《こびきちょう》の狩野《かのう》でござるとか、文晁《ぶんちょう》の高弟で、崋山の友人で候とか、コケおどしを試むる必要はなく、大抵の場合、足利の田舎絵師田山白雲と、素性をブチまけてかかるのがこの人の習いであった。これは一つは、どう見ても画家と受取られない見てくれ[#「見てくれ」に傍点]。剣客と見られたり、脱走と見られたり、事毎に面倒がかかり易《やす》いために、まず絵師だといってしまえば、その種類の大部分が消滅するの便宜があるからだ。それでもなお、不審がるものには、遠慮なく紙と筆とを以て、お手のうちを眼前に
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