き上るのを如何《いかん》ともすることができません。
 曾《かつ》て、甲府の城をうかがって、囚《とら》われの身となったのもこの二人でした。
 相州荻野山中《そうしゅうおぎのやまなか》の大久保の陣屋を焼いたのも、この連中だとはいわないが、この二人が、主謀者の中の有力なものとして、濃厚なる嫌疑をかけられても逃れる道はないでしょう。
 単にそれは、ここやかしこに限らず、この二人は、全国的に要害の城という城には特に興味を持っており、城を見ると、何かしら謀叛気《むほんぎ》を湧かさずにはおられないかの如く見える。そうして、現われたところの前二例によって見ても、この二人が睨《にら》んだ城のあとには、多少共に、風雲か、火水かが捲き起らないことのないのを以て例とします。
 だが、このところと荻野山中あたりと同日に見られてはたまらない。七百万石の力を以て築き成された六十万石の金鱗亀尾蓬左柳の尾張名古屋の城が、たかが二人の浪士づれに睨まれたとて、どうなるものか。その辺は深く心配するには足りないが、おりから早暁、あたりに人の通行の無きに乗じ、城を横目に睨み上げて、南条、五十嵐の両名が、高声私語する節々《ふしぶし
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