ただ役人を顰蹙《ひんしゅく》させるのは、この人物が、名古屋城下へ護送されることを物の数ともせず、ことに家老の平岩がどうの、成瀬がこうの、竹腰がああの、鈴木とは親類づきあいだのと、お歴々を取っつかまえて友達扱いにしていることだが、それも、秀吉や、信長を親類扱いにするほどのイカモノだから、こんな奴は早く城下へ連れて行って、体《てい》よく他国へ追放するに限ると思いました。
 かくてこの一行は、まだ宵のうち、無事に再び名古屋の城下へ送り込まれました。

         八

 尾張名古屋の城下へ足を入れたものは、誰もおおよそこの辺に留まって、お城の金の鯱《しゃちほこ》を眺めて行くのが例になっているから、その翌日の早朝に、旅の三人連れの者――うち二人は当世流行の浪士風のもの、他の一人は道中師といったような旅の者が、幅下新馬場《はばしたしんばば》の辻に立っていることも不思議ではありません。
 ただ朝とは言いながら、時刻が少々早過ぎるのと、そのうちの背の高い方の浪士が、あまり近く濠端《ほりばた》に進み過ぎていることと、それともう一つは、道中師風の若い奴が、従者にしてはイヤにやにさがっているのが気に
前へ 次へ
全514ページ中26ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング