いうところへ御挨拶に来てみたのだ。
来て見るとあの通りの有様で、村はあるにはあるが、銀杏《ぎんなん》もあることはあるが、英雄の誕生地というのがどこだか、石塔も無けりゃあ、鳥居も一本立っちゃあいねえ。これでは日本一の英雄に対する礼儀じゃあるめえ――あんまり情けなくなったから、我を忘れて道庵が、自腹を切って記念祭を催し、いささか供養の志を表してみようとしたまでだ。
あれが無事に済んだら、その次は信長、その次は頼朝と溯《さかのぼ》って、いちいち供養をして行くつもりであったということ。
聞いてみれば、エライ物好きのようだが、一応筋は立っており、当人も案外学者だと思わしめられるところもあり、そうして道庵の淡々として胸襟《きょうきん》を開いた話しぶりと、城廓を設けぬ交際ぶりに、護送の役人も感心してしまい、これは弥次郎兵衛、喜多八より役者がたしかに上だと思いました。少なくとも一種のキ印には相違ないが、そのキ印は、キチガイのキ[#「キ」に傍点]ではなく、キケン人物のキ[#「キ」に傍点]でもなく、最も愛すべき意味の畸人《きじん》のキ[#「キ」に傍点]であることを、感ぜずにはおられませんでした。
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