ろがそれだ」
「なるほど」
「ところで、友様、東西南北がわかるか」
「わからねえ」
「そうら、こっちが西だ、遥か向うの平野に雲煙縹渺《うんえんひょうびょう》たるところ、山がかすんで見えるだろう、あれが伊勢の鈴鹿山だ」
「えッ、伊勢の鈴鹿山かい」
 米友が眼を円くすると、道庵が乗り気になり、
「そうだ、あれから南に廻ると関の地蔵に、四日市、伊勢の海を抱いて、松坂から山田、伊勢は津で持つ、津は伊勢……」
「うーん」
 その時|唸《うな》り出した米友の顔色を見て、道庵が少しあわてました。
「あれが伊勢の国……違えねえな」
 米友の円い眼が爛々《らんらん》と光り出します。この男はついその生れ故郷の隣国まで来てしまったことを今はじめて教えられた。そうして、その故郷の山河を、目の前につきつけて見せられていることを、言われなければ気がつかなかったのです。
 伊勢と言われて、火のついたようになった米友を見ると、道庵も、はたと思い当ったことがあります。
「友様、おたがいに、つい知らず識《し》らずここまで来てしまったが、ここへ来ると、伊勢が眼と鼻だから、変な気になるのも無理は無《ね》え、おれにとっても、お
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