のゴシップだのというものが、遠慮なく飛び出して、選挙のことも、改定のことも閑却され、ここ暫《しばら》く、創作の興味が、旧作の復習に圧倒された形です。
 そうして、この番附面の極印、やはり銀杏加藤の奥方が日下開山《ひのしたかいさん》の地位――その点だけにはすべての姦《かしま》しさを沈黙させ、問題はそれ以下に於て沸騰する。ことに今晩、問題に上ったのは、大抵限られたる範囲の武家屋敷の間にのみ偏重されがちであったのに、この旧番附は、市井郊外までかなり公平に割振られてあることが、よけい、一座に批評の余地を与えたり、知識の範囲を広めたりするものですから、一旦しらけ渡った席を、この一物がまた熱狂的にしてしまいました。
 ここは動かないところでしょうが、これはどうか知ら、あの方をこんなところへ持って来るということはありません、選者のおべっか[#「おべっか」に傍点]でしょう、それにあの方がこんなに下げられていてはおかわいそうよ、このお方わたしは存じ上げません、江戸表においで? え、おなくなりになりましたか、それはそれは――というようなあげつらいから急に声を落して、まあ、春花楼のお鯉がこんなところに――西川の力寿、あれは京者ではありませんか、徳旭の三吉――礼鶴の千代――汚《けが》らわしい、こんな遊女風情が……
 そこで、結着はこれを基礎として、新たに修正し、遊女売女のたぐいは削除して、権威ある新番附を編成しようということに、動議がまとまったらしい。
 その修正委員も、書記長も、指名されたり選挙されたりして、おのおの一方ならぬ意気込みでありました。
 つまり、名古屋は美人の本場であって、ここで推薦された第一は、天下の第一流であり、ここの幕内は、日本国中の幕の内であり得る資格が充分だとの自負心を以て、慎重に査定を加えた上に、今宵、この場限りの品さだめでなく、広く天下に向って公表しても恥かしくないものを作り出そうとの異常なる興味が、一座を昂奮させてしまったものらしい。
 そこで、その夜のうちに、あらましの修正案を、別に一枚の紙に認《したた》めて、旧番附と並べて、それを部屋の長押《なげし》にはり[#「はり」に傍点]つけて置いて、かなりの夜更けに、おのおのが十二分の興を尽して、おのおのの部屋に帰って熟睡の枕につきました。

         十

 その翌朝、これらの連中がようやく起き上って、お化粧にかかろうとする時分に、意外の警報が伝わりました。
「皆様のお部屋には、別に変ったことはございませんか」
 当番の老卒が触れて廻ることが、少なからず朝の空気を動揺させる。
「何でございますか」
「今朝、その、お花畑の様子がどうも変だものですから、それを伝って行って見ますと、埋御門《うずみごもん》の塀の屋根の瓦が少しおかしいと思われました。といって階段《きぎはし》にも、締りにも、中台にも、異常があるのではございませんが、南波止場《みなみはとば》のところの猪牙《ちょき》に動きがあるようですから、引返して、御殿の方と、それからお花畑を通って迎涼閣まで調べて見ましたが、なんとなく怪しいと思われる点がないではありませんが、そうかといって、どこと一つ壊れた箇所は無し、何一つといって紛失したものもありませんが、長局《ながつぼね》の方はいかがですか、何か変った事はございませんでしたか、念のためにひとつお調べ下されたい」
 宿直の老卒から、かく申し入れられて、それではという気になりました。しかし、単に駄目を押すだけのことで、異常があれば、こうして他から念を押されるまでもなく、おのおのの身辺に敏感なはずの奥女中たちが、とうに気のついていないはずはありません。ですから、ただせっかくの調査に対しての申しわけだけに、おのおの、持場持場、自分所有の品々について吟味をしてみたけれども、なんら怪しむべきものを発見しませんでしたから、初霜が代表して、
「御苦労さまでございます、長局の方には、一向に異常がございません。どこといっていたんだところもなければ、誰の一品といって、失せたものもございませんそうで……」
 そこで断言して、ねぎらいかえそうとした時に、末のはしためが一人、後《おく》ればせに、ここへ駈けつけて、
「あの――昨晩、皆様が長押《なげし》へお貼りになった品定めの番附が見えないようでございますが……」
 なるほど、昨晩あれほどの興味を集めた産物、長押へ掲げてあの席の止《とど》めをさし、そうして置いて一同が揃って寝に就いたはず。
 昨晩のうち、あれに手をつけた者がないとすれば、今朝に至って、誰か気を利《き》かして剥《は》がしておいたものか。とにかく、事はたった一枚と二枚の紙のことではあるけれど、この場合、一応の調査を試みないわけにはゆかない事どもです。
 だが、だれかれとたずね廻っても、一
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