イドネックス
ナンバンダー
テント、テント
ナンバンダー
スウイッ、スウイッ
ナンバンダー
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こう言って、口ずさみながら、小踊りをはじめた時に、駒井が、
「茂君、君の眼はなかなかいい、わたしの眼よりいいかも知れない、ひとつ、この眼鏡をのぞいて見給え」
「はい」
「静かに、度を乱しちゃいけない、このままで、じっと鏡の向いた方の空を静かに見ていてくれ給え、そうして、何か星があるか、星が無くとも薄い光でもあるか、光が無くても、ボーッとした空の色よりも白いものが現われているか、いないか、それをお前の眼でひとつ見てくれ給え」
「はい」
茂太郎は、プレアデスの星を、七ツ以上も見る眼を持っていることを駒井が知っている。
そこで、駒井が改めて、眼鏡を茂太郎に譲って、自身はその傍らに報告を待っていると、暫くあって、茂太郎が、
「見えますよ、殿様、ちょうど、この眼鏡の真中より少し北へ寄ったところに、たしかに一つの星がありますね」
「そうかい」
「あります、よく気をつけて見れば、星がたしかにあることをうけあいます」
「そうか、そうあるべきはずなのだが、わしには見えなかった、どれひとつ代って……」
そこで、また駒井は茂太郎に代って、再び同じ地位で眼鏡をのぞきながら、
「なるほど……君にそう言われて見ると……」
「ありましょう」
「ある、ある」
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とっつかめえた
とっつかめえた
星の子を
とっつかめえて
五両に売った
五両、五両
五両の相場は誰《た》が立てた
八万長者の
ちょび助が……
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またしても、奔放と、逆転に帰ろうとするのか。駒井がさえぎって、
「茂君、お前に歌らしい歌の文句を教えてあげよう、それを歌って見給え」
即興を科学の正道に引戻そうとする。
「有難う、教えて下さい」
「まず文句だけを覚えておき給え、いいか」
「はい」
「星の歌だよ」
「はい」
そこで、茂太郎は、駒井から教えられようとする歌の文句を神妙に覚え込もうとして、しばらく沈黙していると、駒井は望遠鏡をのぞきながら、おもむろに、
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(駒)天王星ノ彼方《かなた》ニ
(茂)天王星ノ彼方ニ
(駒)天王星ヲ狂ワス
(茂)天王星ヲ狂ワス
(駒)マダ一ツノ星ガ
(茂)マダ一ツノ星ガ
(駒)無ケレバナラヌコトガ
(茂)無ケレバナラヌコトガ
(駒)学者ヲ悩マシタ
(茂)学者ヲ悩マシタ
(駒)ソレヲ幾何学ノ上デ
(茂)ソレヲ幾何学ノ上デ
(駒)立派ニ発見シタ
(茂)立派ニ発見シタ
(駒)西洋ノ暦デ
(茂)西洋ノ暦デ
(駒)千八百四十六年ノ八月ノ三十一日
(茂)千八百四十六年ノ八月ノ三十一日
(駒)「フランス」ノ
(茂)「フランス」ノ
(駒)「ヴェニニ」トイウ
(茂)「ヴェニニ」トイウ
(駒)幾何学者ガ
(茂)幾何学者ガ
(駒)空ヲ見ナイデ
(茂)空ヲ見ナイデ
(駒)机ノ上ノ理論ト計算カラ
(茂)机ノ上ノ理論ト計算カラ
(駒)天王星ヲカキ乱ス
(茂)天王星ヲカキ乱ス
(駒)知ラレザル存在ノ星ハ
(茂)知ラレザル存在ノ星ハ
(駒)コレコレノ時間ニ
(茂)コレコレノ時間ニ
(駒)コレコレノ大キサデ
(茂)コレコレノ大キサデ
(駒)コレコレノ空ニ
(茂)コレコレノ空ニ
(駒)存在シテイルニ相違ナイ
(茂)存在シテイルニ相違ナイ
(駒)トイウコトヲ
(茂)トイウコトヲ
(駒)天ヲ見ナイデ
(茂)天ヲ見ナイデ
(駒)机ノ上ノ研究ダケデ
(茂)机ノ上ノ研究ダケデ
(駒)断定シテ発表シタ
(茂)断定シテ発表シタ
(駒)コノ発表ニモトヅイテ
(茂)コノ発表ニモトヅイテ
(駒)「ベルリン」ノ天文台長
(茂)「ベルリン」ノ天文台長
(駒)「ガール」トイウ人ガ
(茂)「ガール」トイウ人ガ
(駒)数日ノ間
(茂)数日ノ間
(駒)示サレタ通リノ天空ヲ
(茂)示サレタ通リノ天空ヲ
(駒)最良ノ望遠鏡デ
(茂)最良ノ望遠鏡デ
(駒)観測シテイルウチニ
(茂)観測シテイルウチニ
(駒)果シテ発見シタ
(茂)果シテ発見シタ
(駒)「ヴェニニ」ガ
(茂)「ヴェニニ」ガ
(駒)机ノ上デ断定シタ通リノ
(茂)机ノ上デ断定シタ通リノ
(駒)位置ト形ト時間トノ
(茂)位置ト形ト時間トノ
(駒)寸分違ワヌ
(茂)寸分違ワヌ
(駒)実在ノ星ヲ
(茂)実在ノ星ヲ
(駒)天空ニ確認シタ
(茂)天空ニ確認シタ
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ここまで述べて、駒井は息を切り、
「どうだ、茂坊、わかったか」
茂太郎はうっかりと、
「どうだ、茂坊、わかったか」
「はは、それは言わんでもいいのだ、この文句をお前も覚えておいて、筋道を立ててうたうことにしなさい」
「でも面白かありませんね、論語よりむずかしい」
「覚えこめば雑作《ぞうさ》ないよ、さあ、ついでだから、
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