致しておりますものでございますから、旅を旅とは致しません、旅が常住でございます。陸に住む人は、水へ行くとあぶないと子供を叱ります、水に住む人は、陸は怪我をし易《やす》いからといって子供を叱ります、旅を常住とする私が、旅を恐れないのは、死がすなわち人生の旅宿《はたご》だと、こう信じておるからでございます――私風情は取るにたりません――古来、大いなる旅行家は皆、大いなる信仰の人でございました」
十四
白骨の温泉では、いたずら者の北原賢次が、例の炉辺閑談《ろへんかんだん》の間で、炉中に木の根を焚いて黍《きび》を煮ながら、一方ではしきりに小鳥いじりをしている。
見るところ、やや大きな小鳥籠が三つあって、その中に都合十羽ほどの鳥がいます。その鳥はみんな鳩です。
十羽の鳩を前に置いて、北原賢次は白樺《しらかば》の皮を剥《む》いて、それを薄目に薄目にと削りなしている。賢次は、剛情で、いたずら気分を多分に備えた男だが、器用で、絵心もあり、細工物に味を見せることもある。
そんなことが、この冬の温泉ごもりには、結構な退屈しのぎになるらしい。小鳥を前にして、しきりに白樺の皮をなめしていると、
「北原さん――」
という覚えの声。
「おや、お雪ちゃんじゃありませんか」
賢次は白樺をなめしていた手を休めて、全く物珍しそうにこちらをながめ、
「珍しいじゃありませんか」
「お一人ですか、何をなさっていらっしゃるの」
「お雪さん、まあおはいりなさい、いま拙者がしきりに工夫を凝《こ》らして、一代の大発明を完成しようとしているところです」
「お火がありましたら、少し頂戴させていただきとうございます」
「火ですか――」
北原賢次は今更のように炉中を見ると、よく枯れた木の根が煙を立てずに赤い炎を吐いている。
「有りますとも、この通り。お持ちなさい、いくらでも」
火箸《ひばし》を取って火を掻《か》き出してやると、お雪は中へはいって来て、
「ほんとにわたしの部屋は変なのです、いくら炭をついでも、立消えばっかりしてしまいますものですから」
「それはいけません、炭が悪いんでしょう、火種ばかりよくっても、炭が悪くっては持ちません」
「炭だって、そう悪い炭じゃないようですけれど、熾《おこ》ったから安心と思っている間に、水をかけたように立消えてしまうんですものね」
「では、炉がいけない
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