《はがゆ》いくらいに思いましたが、今度はその従者に対する言語挙動が、まるで奴隷に対するような扱いであり、軽蔑と、叱咤《しった》とを以て、待遇するのに、このグロテスクな従者に、一言のないことにも驚かされました。
 これは一つは、前ので抑えていた癇癪が、次の相手に向って、加速度に浴びせられたと見れば見られないこともないが、この従者としての小男が、そのお嬢様という人からは、かなり鄭重に扱われているにかかわらず、そのお嬢様に恐れ入っているこの伝法な女に対しては、頭が上らない様子でいることが、不思議でなりません。
 そうして、おのずから、そこに蛇と、なめくじ[#「なめくじ」に傍点]と、蛙のような気分を見て取らないわけにはゆきませんでした。
 そんなような一種変テコな気分の下に、米友は足を洗いおわって、座敷に通らせられました。

         五十六

 白骨を立とうと思い定めたお雪は、その翌日の朝から机に向って、例の弁信へ宛てて書く手紙の文章に、
[#ここから1字下げ]
「弁信さん――
近いうちに、わたしたちは白骨を立ちます。
ここも悪いところではありませんけれど、とかくこのごろは人の出入りが多くて、なんとなしに不安を感じますから、あんまり冬の厳しくならない以前に、ひとまずここを立ちのいた方がよかろうと思います。これは誰にもすすめられたのじゃありません、わたしが思い立って、わたしが、ひとりできめてしまったのです。
これでも、わたし、思い立てば、きっと、それを実行に現わしてお目にかける自信は持っておりますのよ。
では、ここを立って、どこへ行くとおっしゃりますか。
松本の方へ出るのが順でございますけれど、それでは帰り道になってしまいます。わたしは、家へ帰るためにこの白骨を出ようとするのではございません。
とりあえず、ここからは、程遠からぬ、そして山と山の間道を行けば、道もそんなに険しくはないところを通って、飛騨《ひだ》の国の平湯というのへ、ひとまず落着いてみようと思います。
けれども、平湯は――同じ山里ではあるけれど、ここと違って、平地になって人家も多いし、人の出入りも一層はげしいと思いますから、そこにも落着いてはおられないだろうと思います――
それでは、どちらへ行きますか。山をなお奥へ入って行きますと、白川の郷というところがあるそうです。
そこは何人にも秘められた理想の里で
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