へ両足を突っこんで、そこではじめて笠を取りました。草鞋を解くよりも、笠を取る方を先にすべきなのに、この男は少しその手順を取違えたと見える。
 笠を取って、なにげなく振向いた珍客の姿を、吊行燈《つりあんどん》の光で一目見たお角が、
「あっ!」
といって仰天してから、急にけたたましい声で、
「お前、友公じゃないか」
「え!」
 米友もギョッとして、振返って見ると、立って自分を見下ろしている女――
「あ! 親方!」
 米友が舌を捲きました。
「ばかにしてるよ、お前は友じゃないか、米友じゃないか、友しゅう[#「友しゅう」に傍点]だよ」
 お角は、続けざまに、けたたましく叫びました。それは、腫物《はれもの》にさわるようにしていた、さいぜんの御主人様の引きつれた大切のお客様の一人とばかり思っていたのに、それが百も承知の意外な代物《しろもの》でしたから、驚愕と軽蔑が一度に噴出し、今までジリジリさせられていた癇癪《かんしゃく》が、この物体に触れて一時に爆発したもののようです。
「やあ!」
 米友は、洗足《すすぎ》を忘れて、あっけに取られっぱなしです。
「まあ、どうしたんだい、お前」
 お角は、いよいよ、すさまじい軽蔑の語気でいう。
「どうも御無沙汰をしちゃいましたね、親方」
 米友が神妙に詫《わ》びる。
「なんだって、こんなところに、お前、うろついてるんだい、旅に出るなら出るように、あらかじめ、わたしんところへ渡りをつければいいじゃないか、お嬢様に取入って、わたしに出し投げを食わせるなんて、たち[#「たち」に傍点]が悪いよ」
「そういうわけじゃねえんだ、途中でなあ、つい、話合いになっちまったんだよ」
「まあ、いいから早く足をお洗い、友なら友のように、はじめっからそう言ってくれれば、こんなにあわてやしないよ」
 見ていた宿の者が、お嬢様という人に対するのと、この従者に対するのとで、お角さんという人の言葉の当りさわりが、こうも違うものかと驚きました。
 お嬢様がいなくなったというので、今まで、騒がせられたのは容易なものでない。それほど騒がせておいて、帰ってみれば一言の申しわけもなく、打通る大風にも驚かせられましたが、あれほど焦《じ》れて、ポンポン啖呵《たんか》をきっていた親方の女が、当人が現われてみると小言一つ言わず、腫物《はれもの》にでもさわるように御機嫌を取るのを見て、かえって歯痒
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