、古《いにし》えの武陵桃源といった、おだやかな夢が、まだ浮世の人によって、破られてはいないそうです。わたしたちは、そこへ行って、ほんとうの落着いた気分になって、浮世の人と、事とを、暫くの間でも全く忘れてしまいたいと思うのです。
わたしたちといううちにも、久助さんなんぞに言えば、きっと反対するにきまっています。そのくらいなら故郷へ帰りましょう、その方が……なんぞと言うにきまっていますから、わたしは、先生だけを誘いました。
あの方と二人だけで、その白川郷へ行くことにきめてしまいました。
え、それでは駈落《かけおち》だとおっしゃるのですか。そうかも知れませんね、でも……
あの方が、いけないとおっしゃるものですか。第一、あの方は、わたしがいなければ生きて行けないじゃありませんか。
誰があの不自由な方を、世話をして上げるものですか。
わたしというもの無しには、あの人はここを出ることはできません。なにもかも、わたし次第です。
ええ、弁信さん、何とお言いです。雪ちゃん、お前もまた、あの人が無しには生きて行かれないのじゃない……ここを出る時から、もうそうなっているのじゃない?
弁信さん――
あなたまでが、そんなことを言ってはいけません。
それはもう、今となっては何とお取り下さってもかまいません。駈落といわれても、心中といわれても、今はもうわたしは驚かなくなりました。白川へ行ってしまえば別天地ですから、多分、天地がわたしたちにだけ出来ているようになってくると思います。
そこで、武陵桃源の夢のように、一生を過ごせてしまうなら、一生でもかまわないと思います。
世間|体《てい》や義理なんぞ……
自身のからだの変化や、人様のおもわくや、出る人や、来る人に、いちいち気をおくような無用な心配は、一切なくなってしまうじゃありませんか。
きっと、そういうところで、わたしたちは、いつまでも若い血色で、そうして、自分ながら数えきれないほどの長生きをするのじゃないかと思います……
長生きすれば恥多しというのは、世間体があるからなのです。恥というものは、よく考えてみると、取るに足りないほどのことを、ただ世間体のおもわくだけで、小さくなっていることじゃありますまいか。
自分は自分だけの信ずるところで、生きて行けさえすれば、何をして悪い、何をして恥だということがありましょうか。
よく考えてみますと、わたしたちは
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