それは問題にするに足りないし、道庵の頭が、かなり粗雑に出来ているところへ、米友の頭が、あまり率直に過ぎるから、この出鱈目《でたらめ》が両々、おかしくも、悲しくもないことに結着しました。
二人の間では、問題にならなかった肥後の熊本を、聞き咎《とが》めたのが同行のお数寄屋坊主です。
「先生、もう、なんですか、あなたは、万松寺へおいでになってごらんになりましたのですか、ずいぶんお早いことですなあ」
米友は、熊本が見える、見えない、ということをちっとも問題にしなかったけれど、聞捨てにすることのできなかった土地案内のお数寄屋坊主から、まじめに受取られて、道庵が少したじろぎ、
「いや、なあに、そのちっとばかり……」
とゴマかすのを、お数寄屋坊主はなおなお親切に受取り、
「もう、あれへお越しになりましたですか、実はこれから御案内をしようと存じておりましたところで……」
「結構ですな、どうぞ願いたいもんだ」
どうもここのところの受渡しがしっくり行かなかったものですから、お数寄屋坊主が少しばかり解《げ》せない面《かお》をして、
「では、まだおいでになりませんのですか、万松寺へは」
「万松寺へ?」
「はいはい」
「万松寺……なるほど」
「稚児様の時分ですと、一段ですが、今はあんまり風情がございませんけれど」
そこで三人は、また天守の一層を下る。
下りながら、さすがの道庵も、ちょっと考えさせられました。
自分が打ち出した肥後の熊本という問題は、米友の頭では問題になりませんでしたけれども、横合いから、それを受取った人が、かえって自分に問題を打ちかけたことになる。
お数寄屋坊主が、委細のみ込んで反問した「ばんしょうじ」の符帳がどうしても道庵に解ききれない、その時は鸚鵡返《おうむがえ》しに「ばんしょうじ」と、こちらものみこみ顔に受取りはしたものの、前後がはっきりしていないのです。
「じ」という音が示す通り、寺の名には相違ないと判じたが、寺の名であってもなくても、それが肥後熊本と何の交渉がある。察するところ、この先生はこの先生で、また自分の言うところを聞きそこねたな。そうでなければ、穿《うが》ち過ぎて、こちらの頭にない取越し判断を加えてしまった。
まあ、仕方がない、なるようにしかなるまい、万事、この坊主頭に任せておいてやれ、という気になりました。
そうして、道庵は、また一層の段
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