肉を食い、酒を飲み、飯を食い終った時分、天候も見直したようだから、三人が揃って、ここから程遠からぬ飛騨の平湯の大滝を見に出かけます。
 乗鞍よりの山路を行くと、山腹が急に二つに裂けて、大滝を不意打ちに開いて見せられた三人は、
「あっ!」
と言いました。
 よく旅人がいう、那智を見る時は那智を見に行く心になり、華厳をたずねる時も華厳をたずねる心で行くから、予想より以上に驚くこともあり、驚かぬこともあるが、飛騨の平湯の大滝は、不意打ちに現われるから驚かされることが多い。
 水量に於ては華厳に優り、高さに於ては中段以下が山谷に遮《さえぎ》られて見えないから、ちょっと際限を知り難い。
「あっ!」
と言って三人が立ち尽すこと多時、
「豪勢だな、おれは那智は知らんが、たしかに日光の華厳以上だよ」
と丸山勇仙がまず驚歎の声を上げる。
「おれは那智も、華厳も、知らないから、でもまずこれがおれの見たうちで日本一かな」
と仏頂寺弥助が、眼をすましながら、
「尤《もっと》も、おれの国の越中の立山の中には、とても大きいのがあるそうだが、おれはまだ見ない」
と言いました。
 兵馬も実際、この大滝は予想外に大きかったことを感歎しているらしい。そこで、仏頂寺は兵馬を顧みて、
「宇津木君、君は諸国を廻って歩くが、これに匹敵するやつを見たかね」
「僕もまだ、華厳も、那智も、見ていないですからな」
「そうか」
 そこで、この三人のうちの最も滝通は、丸山勇仙ということになる。
「ここにいては、滝壺がわからんからな、何とも言えないが、水の豪勢なことはたしかに華厳以上だ。華厳の滝は、うらから元まで、ちゃんと一目に見ることができるが、この滝はそうはいかない、高さのことは華厳に比して何とも言えないが、土地の言伝えでは三千尺あるといっている」
「三千尺」
「うむ」
「三百丈だな」
「左様」
「間に直すと……」
「五百間さ」
「五百間――一町を六十間にすると」
「八町と少し……だが、三千尺はうそ[#「うそ」に傍点]だろう、唐の李白《りはく》の算盤《そろばん》でもなければそうは割り出せない、常識から言ってみてな。三千尺といえば、山にしたところでかなり高い山だからなあ」
「李白は三千ということをよく言いたがる」
「とにかく三千尺としておいて、さて滝というものは、直立して目通りを見るものでもない、高所から俯して見
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