り出して、
「近代の具足では、この決拾というやつはあんまり使わないらしい。馬上に弓の場合だな。これも左が先、右が後……すべて甲冑の着用には左を先にすることが定法《じょうほう》になっているのだ。さあ、この次は籠手《こて》だ」
鉄にかなりの時代のある筒籠手を引っぱり出した仏頂寺は、二三度ひっくり返して、
「さあ、これが本当の小手調べだ、どっちが左だい……そうか、まあ、こんなことでよかろう、この辺でお茶を濁しておけ」
一応、籠手《こて》をつけ終った後に、脅曳《わきあい》、胴を着けて、表帯《うわおび》を結び、肩罩《そで》をつけ、
「これから両刀だ、これは御持参物を以て間に合わせる」
と刀をさし、次に職喉《のどわ》、鉢巻、頬当《ほおあて》から兜《かぶと》をかぶり終って一通りの行装をすませて、ずっしずっしと室内を歩み出し、
「どうだ、武者ぶりは……」
「天晴天晴《あっぱれあっぱれ》――元亀天正時代ならば押出しだけで差当り五百石の相場はある」
丸山勇仙がほめる。と、仏頂寺弥助は長押《なげし》にかけた薙刀《なぎなた》を見つけて、
「槍にしたいものだが、薙刀じゃ少し甲冑につりあわんけれど……」
といって、それを取下ろして、小脇にかい込み、床の間へどっかと坐り込んで、ジロジロ見廻している。
丸山勇仙は、その武者ぶりをほめたり、けなしたりしながら、物の具の威《おど》し方や、糸の色、革の性質、象嵌《ぞうがん》の模様などを仔細らしく調べている。
兵馬は、苦々しい思いで、彼等の為すままに任せている。
暫くしてから、仏頂寺弥助が、立ち上って、
「ああ、なかなか重い、昔の武人は、とにかく、これで馬上の働きをしたんだからエライ。もっとも我々でも、いざ戦場となれば、この程度で働けないこともあるまいさ」
「君だからいいけれど、僕や宇津木君なら、つぶされてしまう」
と丸山勇仙が言いました。
そこで仏頂寺も、兜から、おもむろに武装を解きにかかって、取外すと、丸山勇仙が介添気取りで、いちいちそれを整理する。
それから、鎧櫃《よろいびつ》へ納めようとして、一応鎧櫃の中を探ってみると、勇仙が手に触れた一冊の古びた書物を探り出し、妙に眼をかがやかして、それを二三枚繰って見たが、ニヤニヤと笑って、仏頂寺の眼の前につきつけ、
「まだ一くさり残っていた」
仏頂寺が、その冊子をのぞいて、渋々と手に取り、
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