がかえって興にのり、
「左様でございますとも、長く御逗留なすっていると、そのお化けにひきこまれなすったかも知れませんが、早く引上げておいでなすったから、お化けも御挨拶を申し上げる暇がございませんで結構でした、後家さんや、浅公なんぞも、早く切上げて来れば何の事はなかったのに……」
それから、一槽の者が、その飛騨《ひだ》の高山の淫乱後家なるものと、男妾の浅公なるものとについての噂を、蒸返し、蒸返し、それにまたまた尾ヒレがついて、この湯槽の中は、その風聞で持ちきりになりましたから、兵馬も思わず興味をもって、これに耳を傾けさせられています。
聞いていると事実はこうです、飛騨の高山の穀屋《こくや》という金持の後家さんが、箸にも棒にもかからない淫婦で、めぼしい男を片っぱしから引っかける、それがこの夏中から、男妾の浅公というのを引きつれて、白骨の温泉で、うだり通しでいたこと、こっちから行ったものも大分当てられて来たが、淫乱後家の白骨に於ける威勢の程は圧倒的で、女王の形になり、御当人も面白くって、はしゃぎ通し、思う存分の享楽をして、帰ることを忘れてしまったらしく、この冬を通して白骨に籠《こも》ると言い出して、迎えの者をてこずらせたということ。
そのうち、男妾の浅公が首をくくって死んでしまうと、まもなく、後家さんが無名沼《ななしぬま》に落ちて溺れ死んだ、つまり魂《こん》に引かれたのだ。
少なくとも、この二つの幽霊は、白骨の温泉の宙宇《ちゅうう》にさまようて浮べないでいる。
それから話がハズんで、あの淫乱後家の淫乱が、男妾の浅公にとどまらないということ――相手嫌わずだったが、突っぱなすのも上手で、存外ボロを出さなかったが、噂にのぼったところでも、あれとこれと、これとあれ――兵馬には聞くに堪えないほどの事情を、右の四十男がズバズバと、すっぱぬいて聞かせました。
とても大胆な、すっぱぬき方であったけれど、槽中の若夫婦までが、あんまり恥かしい顔をせずに聞かされていたことほど、淫乱後家の淫乱ぶりは猛烈で、それが、その後家さんにとっては常識でもあるかのように受取られるほど、徹底していたようです。
兵馬も、その話を聞いて呆《あき》れました。女というものは、それまで大胆になり得るものか、男というものは、それまで無抵抗であり得るものか、歯痒《はがゆ》い――とも思ったり、そこまで赤裸になれ
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