掛のやつを好んでやるためによく犠牲者が出ます……それでもまあ、怪我だけで幸いと言わねばなりません、五体を微塵《みじん》に飛ばされる奴もありますからな」
と北原が言いました。
 そこで、また、どうやら話の呼吸が合わなくなったらしい。
 北原は、それを自分の推想が外《はず》れたと感得したから、で勢い前言の訂正、且つ、つぎたしをしなければならないと思って、
「花火ではございませんでしたか」
「花火ではありません――戦争《いくさ》でやられました」
「え、戦争ですか」
「戦争というほどの戦争じゃありませんがね、いくさの真似事《まねごと》のようなものですけれども、それでもいくさでした」
「そうですか、いくさ[#「いくさ」に傍点]においでになりましたか」
「ふとした行違いでしたよ」
「どちらでしたか、その軍《いくさ》は」
「大和の十津川です」
と竜之助が言ったので、お雪ちゃんがヒヤリとしました。
 それは話の半ば頃からです。
 眼の悪いことは隠せないにしてからが、その原因までを語る必要はあるまいに、問われたらば、何とでもそらしておく道もあろうに、煙硝でつぶれた、いくさ[#「いくさ」に傍点]でやられた、その調子で、スラスラと大和の国の十津川まで言ってしまったから、傍に聞いていたお雪がハラハラしたのは、実は自分さえ、今まで大和国十津川というところまでは聞かないでいるからなのです。
 どこぞで負傷をしたたたり[#「たたり」に傍点]ということは、今迄もきいていたけれど、それをくわしく問うのもなんだか立入りがましいようであり、また、その過ぎ去った原因を洗い立てするのは、この人の古い傷に痛みを感じさせるように思われたから、お雪ちゃんとしては、それに触れたくなかったからです。それをこの場では、問われもしないにすらすらと大和国十津川まで名乗ってしまったものだから、お雪がハラハラするのも無理はありません。
 何事をも包みたがるというわけではないが、包んで置いて上げた方がいいと信じて、これまでかしずいて来たのに、案外にも初対面の人に心置きのないこの始末ですから、全く今日は天気のせいではないかと思いました。
 でも、相手が北原さんでよかった、先日やって来た、あの手のこわくて冷たい無気味のさむらいのようなのに向って、こう心安立《こころやすだ》てに話し出されては、全くやりきれない、それでも北原さんでよかっ
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