座敷は別になっていますから……かまいませんけれど、とにかく、お遊びにおいで下さいまし、あなたお一人でも、村田さんをお連れになってもかまいません」
「では、後刻上りますよ」
こうして、お雪は火を持って、三階の自分の部屋へ帰って参りました。
十六
お雪ちゃんが帰ったあと、北原賢次は、黍《きび》を煮ている鍋を下ろして、大鉄瓶《おおてつびん》とかけかえ、小鳥籠を前にしてぼんやりと、火にあたっているところへ、村田寛一が、胸に弥蔵《やぞう》をこしらえながら、ブラリとはいって来ました。
「どうしたエ」
「今ね、お雪ちゃんが来たところなのだ、珍しいから無理に引きとめて無駄話をしてみたところさ」
「それは珍しかったね」
「そればかりじゃない、話が少しハズンだものだから、いずれそのうち、こちらからお雪ちゃんのところへ押しかけて行ってもいいかエ、と聞いたら、いいと言ったよ」
「何だい、つまらない、悪いとは言うまいさ。しかし……」
「そうさ、穴蔵のような冬の白骨の天地に、こうして一つ宿をしているのだから、おたがいに、誰がどこへ押しかけたって不思議はないはずなんだが、今までお雪ちゃんのところばかり、まだ誰しも御無沙汰《ごぶさた》をしていたようだ、それじゃ済むまいというわけでもあるまいが、ようやく、こちらから押しかけてみようという口火をきったのは、我々の方で今日が初めてだろう。それが今更のように不思議ではないか、そんなことが改まって、いまどき切り出されるようになったことが、おかしいじゃないか」
「それは遠慮というものさ」
「遠慮とはいうけれどもね、若い娘っ子をめあてに、接近をしようなんていうことこそ、おたがいに遠慮をしなけりゃならんが、お客同士の気分で行ったり来たりする分に、何の遠慮がいるものか」
「いや、そのことじゃないのさ、お雪ちゃんの傍には大変に重い病人がいるとのことだから、それで皆が遠慮していたというわけだろうじゃないか」
「なるほど――考えてみればそれだな、それが遠慮の第一理由であったかに思われるが、それにしても見舞に行って悪いということも、見舞にも来てくれるなとも言われなかったはずだ、どちらにしても遠慮が少し過ぎていたように思う、それが今日は、徹底されたようなわけだから、これから、君、ひとつ、二人でお雪ちゃんを驚かそうじゃないか」
「それもよかろう、だが、
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