「御苦労、御苦労、もういいからお帰り」
 たてがみのあたりを撫でて軽く押してやると、チュガ公は無雑作《むぞうさ》に動き出して、可愛ゆい眼をパチクリする。
「番兵さんが心配するから、早くお帰り」
「さよなら」
 チュガ公は、言われたままに、とっとともと来た方へ走り出す。
「道草を食べないでおいでよ」
 チュガ公は振返って、眼をパチクリする。
「はいはい、承知致しました」
 とっとと走り出す。珍客を送るために出て来て、使命を全《まっと》うしたことの喜びを以て、いそいそとして帰る。
 行くも、帰るも、チュガはチュガだ。
 この分では、六里の道を無事に帰って、番兵さんに、ただいま送って参りました、との挨拶をするに違いない。
 チュガ公を帰してやった茂太郎は、足を洗い、濡れた着物をぬいで、台所の隅へ行き、乾いたのと着替えてから、こっそりと、おまんまを食べてしまいました。
 ずいぶん、お腹《なか》がすいていたものと見える。
 おまんまを食べているうちにも、主人が不在とはいえ、この家の森閑《しんかん》たることよ。
 金椎は庖厨《ほうちゅう》を司《つかさど》っているが、それはいてもいなくても、物の音
前へ 次へ
全128ページ中100ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング