「御苦労、御苦労、もういいからお帰り」
たてがみのあたりを撫でて軽く押してやると、チュガ公は無雑作《むぞうさ》に動き出して、可愛ゆい眼をパチクリする。
「番兵さんが心配するから、早くお帰り」
「さよなら」
チュガ公は、言われたままに、とっとともと来た方へ走り出す。
「道草を食べないでおいでよ」
チュガ公は振返って、眼をパチクリする。
「はいはい、承知致しました」
とっとと走り出す。珍客を送るために出て来て、使命を全《まっと》うしたことの喜びを以て、いそいそとして帰る。
行くも、帰るも、チュガはチュガだ。
この分では、六里の道を無事に帰って、番兵さんに、ただいま送って参りました、との挨拶をするに違いない。
チュガ公を帰してやった茂太郎は、足を洗い、濡れた着物をぬいで、台所の隅へ行き、乾いたのと着替えてから、こっそりと、おまんまを食べてしまいました。
ずいぶん、お腹《なか》がすいていたものと見える。
おまんまを食べているうちにも、主人が不在とはいえ、この家の森閑《しんかん》たることよ。
金椎は庖厨《ほうちゅう》を司《つかさど》っているが、それはいてもいなくても、物の音
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