なくなって、
「叱ッ、叱ッ」
しかしながら、もう駄目です。この時、後ろなる或る物から、完全に追いつかれてしまっていました。
追いつかれたものを見れば、なんの人騒がせな、暗闇《くらやみ》から牛の本文通り、これはチュガ公でありました。
チュガ公の後を慕って来るのを、或いは疾走によって、或いは威嚇によって追い返そうとしたが、ついにその効なきことを知ると、やがて妥協が成り立ちました。
その辻堂を出立する時、チュガ公の背には一枚の古ゴザが敷かれて、その上に跨《また》がる蓑笠《みのかさ》の茂太郎――こうなるとチュガ公は、茂太郎のために、伝送の役をつとめんとして来たようなものです。
雨の夜道も、苦にはなりません。
夜が明けると、その雨さえも霽《は》れてしまいました。山道は全く尽きて野路になっている。後ろからのぼる朝日を背に受けて、秋の野路を西南の方に向いて行くチュガ公の足は、遅いもののたとえになる牛の足のようではなく、茂太郎を乗せたことによって、こおどりして進むものですから、道のはかどること。
茂太郎もいい心持になると、また例の出鱈目《でたらめ》が出ないではやみません。
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