た。
 しかし、なにも悪いことをしたんでなければ、そう、まっしぐらに走らないでもいいではないか。番兵さんの熟睡を見すまして逃げて来たんなら、そう物に追われるようなあわただしい脱走ぶりを、試みなくともいいではないか。
 だが、この少年は、なお驀然《まっしぐら》に走りつづけることをやめない。どうしても後ろから、追手のかかる脱走ぶりです。
 果して、後ろに足音がする。足音がバタバタと聞え出して来た。スワこそ!
 しかし、仮りに番兵さんに追いかけられて、つかまってみたところで、何でもないではないか――
 その以外の、誰かこの辺のお百姓にでも怪しまれて、取捉《とっつか》まってみたところで、タカが子供ではないか――
 狼が出たって、熊が出たって、コワがらないこの子が、何に怖れてこうもあわただしく走るのか、了解のできないことだ。
 だが、その後ろから、起る足音の近づくを聞くと、茂公はなお一層の馬力をかけて走る。
 後ろのは、得たりとばかり追いかける足音が、いよいよ急です。
 前の走る者の了簡方《りょうけんかた》もわからないが、後ろから追いかけて来る奴の心持もわからない。おーいとも言わず、待てとも呼ば
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