は鯨の夢を見ました。
 港の外の渺々《びょうびょう》たる大洋を、巨大なる一頭の鯨が悠々《ゆうゆう》と泳いでいる。ふと見るとその傍に可愛らしい鯨がついている。
 大きいのは母鯨だろう。母子は平和な海に、愉快に泳いでいる。
 と、それを見つけた漁師が、けたたましく叫ぶ。みるみる無数の鯨舟が、その二頭の鯨を囲《かこ》んでしまった。
 漁師共がいう、まず子鯨を殺せ、親鯨はひとりでに捕れる、と。
 そこで取巻いた二十|艘《そう》ばかりの八梃櫓《はっちょうろ》の鯨舟が、銛《もり》を揃えて子鯨にかかる。
 子鯨は負傷する、親鯨はそれを助けんとして奮闘する。鯨舟はこっぱのように動揺する。
 母鯨は、子鯨の上にのしかぶさって隠そうとする。子鯨は、負傷に苦しがって浮き出すと、鰭《ひれ》の上に載せていたわる。その隙を見て銛が飛んで来る。
 親鯨は、鰭と身体《からだ》との間に、子鯨をはさ[#「はさ」に傍点]んで海の底深く沈もうとするのを、銛がその母鯨を刺す。烈しく怒った鯨の震動で、漁舟が二艘|微塵《みじん》に砕ける。
 ついに、親と子は離れ離れになった。漁師共は得たりと、半殺しにしてしまった子鯨を、綱で結んで
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