それは主として将軍の御用であるほかに、極めて僅少《きんしょう》の部分が、大名その他へわかたれる。
 売下げを希望する者は、江戸の雉子橋外《きじばしそと》の御厩《おうまや》へ、特別のつてを求めて出願する……その貴重なる薬品を、番兵さんの役得とはいえ、茂太郎はここで振舞われたことを、光栄としなければなるまい。
 光栄は光栄かも知れないが、甘くも、辛くも、なんともないことは争われない。そのはず、白牛酪《はくぎゅうらく》とはすなわちバタのことで、茂太郎は、パンにもなんにもつけないバタを、高価なる薬品として振舞われているのだから、ばかばかしいといえば、ばかばかしいこと。
 長い間、嶺岡牧場《みねおかぼくじょう》の白牛酪は、斯様《かよう》に貴重な霊薬としての取扱いを受けておりました。
 バタを食べさせられて、変な面《かお》をしていた茂太郎を、番兵さんは、流し目に見ながら、鯨のことを話し出しました。
 それは、魚なりや、獣《けもの》なりやというさいぜんの論争の引きつづきではなく、主として自分の見聞から、鯨は子を愛する動物であるという物語であります。
 いずれの動物でも、子を愛さない動物はないが、こ
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