姿をながめ、ある者は無遠慮に、最初チュガ公のした如く、なれなれしく身をこすりつけます。
茂太郎は、そのいずれに対しても、これをいたわり、愛するの意志を示しました。人間ならば歓呼の声を挙げ、挨拶と、握手とに忙殺されるところでしょう。
かく、牧場の牛と馬とに愛せられたのみならず、数頭の番犬までが、祝砲でも放つかの如く、高く吠《ほ》えて走って来ました。そうして茂太郎が去ってからのち生れた犬どもは、小首をかしげて、仔細はわからないが、事の体《てい》の容易ならぬのに感動を催しつつあるもののようです。
その中で、茂太郎が特別の興味を以て見たことの一つは、牛が、鹿の子に乳を飲ませて養っていることであります。
番兵さんの話によると、多分猟師に追われたものだろう、一頭の子鹿がこの牧場へ逃げこんだのを、そのまま一頭の乳牛にあてがって置くと、それがわが子と同様に乳を与え、鹿の子もまた、牛を母としてあえてあやしまないで毎日暮しているとのこと。
それを聞いて茂太郎が、不意に妙なことを、番兵さんに向ってたずねました。それは、
「番兵さん、ここへオットセイは来ないかい、オットセイは」
番兵さんが唖然《あ
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