して、いやさ諸君、誰ひとりとして、ここにいられるわが師ギヨ・ゴルジュウ大先生におよぶものはない……」
 この時、頭の上で、大きな鳥の輪を描くのを認めたものですから、清澄の茂太郎は、急にたわごと[#「たわごと」に傍点]をやめて、
「あ、ありゃアルバトロスだ」
 地上へ卸《おろ》して見たら、その翼の直径が一丈五尺はあるかも知れない。
 もう少し近い空を飛んでいたなら、口笛を吹いてでも呼びとめてみようものを、あの高さでは、自分の魅力も及ばないものと思いあきらめたらしく、
「アルバトロスに違いない」
 うらめしそうに、夕暮の空に消えて行く大きな鳥の、白い翼を見送っています。
 その見慣れない鳥を、アルバトロスというような名で呼びかけた茂太郎の知識は、駒井甚三郎から出たのではあるまい。多分、例のマドロスが、折に触れては航海話をして聞かせているうち、幾度かその名が出るものだから、海の上を飛ぶ大きな鳥さえ見れば、この子はこのごろ、アルバトロスと呼んでみたくなるのらしい。
 事実上、海洋と、孤島とを棲処《すみか》として、群棲《ぐんせい》を常とする信天翁《あほうどり》が今時分ひとりで、こんなところをうろ
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